――『壁男』への出演オファーがあったとき、どんな印象をもちました?
「いちばん面白かったのは、“札幌人がつくる札幌映画”という点ですね。キャストは僕と小野(真弓)さんを除いて、みな道内の方ですし。スタッフもほとんど、北海道で活躍されている方ばかりでした。そういうメンバーが集まり札幌で撮ろう、という企画に対して、単純に参加してみたい気になりました。完成した作品を観るとタイトルバックに空撮があったり、実景があったり。うれしい誤算というか、自分の想像以上に、札幌の街がすごく作品に入り込んでいる印象を受けましたね。諸星さんの原作を基にしながらも、札幌ならではの作品に仕上がっている。札幌でしか撮れない映画だと思います」
――仁科 光のキャラクターについては、いかがですか?
「早川(渉)監督の分身のように捉えていました。仁科はカメラマンとして生計を立てながら、余った時間とお金で自分の個展を開きますよね。実際、監督も北海道でCMディレクターをやりながら、数年に1本程度、映画を撮るというスタンスなので、少し重なる部分があって。モデルというわけではないですが、『仁科って、どういうヒトなんだろう?』と考えることと、『早川監督って、どんなヒトなんだろう?』と考えることが、ほぼ同義だったというか。だからそれほど、独りだけの作業ではなかったんですね。そういう意味では、特殊な現場ではありました」
――原作を読み込むというより、監督と話し合いを重ねるなかで、作品理解を深められたのでしょうか?
「今回は脚本を読みながら、原作と知り合ったようなカタチですね。原作は『怖いくらいに完成されたお伽噺』という感じがしました。正直、諸星さんがこれほどの巨匠だとは知らなくて(笑)。まだまだ全然、僕の予想もつかない深みをもった作家さんだと思います。ただし今回は、早川監督が原作をどう読んだのか、どこが印象に残ったのか。監督が翻案した、原作のその先にすごく興味がありました」
――“取り憑かれる”男を演じられた感想は?
「演じていて、『壁男』がホラーだという意識はあまりないんですよね。なんだかよく分からない場所に、自分でも分からないまま行っちゃって……という映画ではなく、ちゃんと筋道を立てて、そこに向かっている作品なので。最後の最後まで自分がヘンだとは思っていない主人公ですから、いわゆる狂気を演じようとは思いませんでした」
――仕事も私生活も順調な仁科がなぜ、壁男に取り憑かれたのでしょう?
「今回、札幌が舞台だと聞いて、村上春樹の小説『羊をめぐる冒険』と『ダンス・ダンス・ダンス』を連想しました。この作品の主人公は日常生活はうまくいっていて、仕事もソツなくこなし、預金通帳の残高もどんどん増えている。ところが当人は何か問題を抱えているのではと思い、“心が震える”ことを求めて、北海道に旅立つんですよね。だからひょっとして僕らの内面の、日常生活では解決できない何かを、非日常の目には見えない向こう側の世界に託すというのは、多かれ少なかれあるのかなと。仁科の場合は壁の向こうで、『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公は<いるかホテル>という架空の場所だった。僕らが映画やフィクションに惹かれるのも、たぶん同じような理由なんじゃないかと思います。
ということを最近、一連の取材を受けるなかで考えていまして(笑)。ここではないどこか……目には見えない何かの世界に惹かれる気持ちと、映画でも観にいこうかなと思う気持ちは、そう遠くない気がします」
――都市伝説には興味がありますか?
「よく分からないですね。見えないから信じない、というワケではなく。じつはこの職業に就いていながらナンですが、フィクションを数多くは楽しめないんです。映画観賞も数はこなせないですし、読書も小説よりはノンフィクションが多いですね。小説や映画をたくさん楽しめる方を、単純に尊敬します。物語を咀嚼するチカラというものが絶対にあって、僕にはそれが足りないのでは? きっと、ひとつの物語にかかる時間がものすごく長いんでしょうね。だから“撮る”ぐらいが、僕にはちょうどいいのかもしれません」
――撮影中に、インフルエンザにかかられたそうですね。
「はい。でも大変だったのは、僕よりスタッフだと思います。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで。ベッドシーンもありましたが、小野さんに移らなくて本当に良かったです」
――マンションの寝室シーンを撮るときに発病していたとか?
「仁科が部屋にいるシーンは、全部そうですね。冒頭のシーンの撮影は、ウイルスがゆっくり活動を始めてきた時期です(笑)。もちろんツラい思いはしましたが、札幌の印象が悪くなったということは、まったくありません。今回はホテルではなく、ウィークリーマンションで3週間、過ごしたんです。だから撮影が早く終わると、スーパーマーケットに寄って食材を買い込んで、ちょっとした自炊をしたり。撮影が休みの日は、近所の喫茶店に行って本を読んだり。ツーリスティックな喜びではなく、生活する喜びを疑似体験できたという意味では、ものすごく満喫できたと思います」
――どんな料理をされたんですか?
「ゴハンを炊いてお味噌汁をつくって鮭を焼く、といった定番の料理でしたね。いい食材がそろっていますから、ポテトサラダも滅茶苦茶おいしくて。『やっぱりおいしいわ、北海道』と実感しました」
――仁科は個展のテーマに人物の顔と手を選びましたが、堺さんなら、どのパーツを?
「写真ではムリですが、僕だったら声かなぁ? 顔を撮影した写真の下にボタンがあって、押すと本人の笑い声が流れるような仕組みだったら、展覧会のアイデアとして面白そうですね」
――堺さんといえば「ステキな微笑み」が評判ですが、今回はその微笑みが怖さを増すのに効果的でした。日常生活で、堺さんが思わず微笑んでしまうシチュエーションはありますか?
「じつは、自分ではあまり微笑んでいる意識はないんですよね。逆にいえば、たいていは微笑んでいるんじゃないでしょうか。本人に自覚があるかどうかは別として。たぶん、喜びのハードルはそうとう低いと思いますよ。ポテトサラダがうまくつくれたら幸せですし。幸せを感じる瞬間って、なんだろう?」
――ファンのあいだでは、「コケ栽培」の趣味が有名ですが?
「ロケを繰り返すうちに、コケが枯れちゃったので……。たとえば誰かとおしゃべりしていて、そのおしゃべりが楽しければ、無条件に幸せですよね。ヒトと話していて盛り上がるって、本当はなかなかない。相手が誰であれ『おしゃべり楽しいね』と思える瞬間というのは、蛇口をひねれば水が出るような、当たり前のことだと思っちゃいけない気がしますね」
取材・文/柴田メグミ