
今、Fe-MAILが注目、話題、期待するアーティストにインタビュー。
恋、仕事、挫折、ファッションなどなど・・・。
さて、どんな素敵な話が飛び出すでしょうか。

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魂を込めて作った母と家族の物語『母べえ』日本映画界で巨匠と呼ばれる監督で、映画を定期的に撮り続け、またそれをヒットさせている監督といったら山田洋次監督しかいないのではないかと思う。木村拓哉さん主演の『武士の一分』は若い観客も多数動員し、監督の名前もさらに老若男女広く知られた観がある。そんな監督が藤沢周平時代劇三部作を撮り終えて挑んだテーマは「家族」。新作『母べえ』で描かれる母の姿、家族の姿はおそらく多くの日本人の胸を打つだろう。かくいう私も始まって10分ほどで泣き出して、上映中ほとんど泣いていたほど(笑)。なんでこんなに泣けるのか? そのあたりも含め山田監督にお話をお伺いした。
――質問の前に、監督、素晴らしい映画を作ってくださってありがとうございます! 私はこの映画、始まって10分くらいから号泣であとほとんど泣いてました(笑)。 この映画は黒澤明監督のスクリプターとして有名な野上照代さんの自伝的な原作の映画化ですが、原作のどういった点に惹かれたんですか? 「(笑)。原作は野上さんの少女時代のお母さんの思い出を書いたもので(『父へのレクイエム』)一読して「いいなぁ」と思ってね、ちゃぶ台があって母親がいて、子供たちが雑多に暮らしていて、生活があってね。次々とイメージが湧いて来ました。お茶の間映画を作りたい、戦時下の庶民の暮らしを描きたいと思いました。戦争映画を作ったつもりはなかったんだけど、今回出来上がってみたら、お茶の間の向こうに戦争や時代が透けて見える、という映画になってましたね。でも、それこそ僕が作りたかった映画です」。 ――映画は1940年から翌年にかけての東京郊外のつつましい一家庭が舞台です。太平洋戦争が始まろうとしていた不穏な時代で、治安維持法違反で夫が逮捕され、母親と二人の幼い娘が周りの人々に助けられながら肩寄せ合って生きていくというお話。吉永小百合さんがタイトルロールの「母べえ」を演じていますが、吉永さんには出演依頼のお手紙を書かれたそうですね。 「忙しい方なんでね、『武士の一分』の撮影前(2005年8月16日に吉永さんの手元に手紙は着いたそうです)でしたかね。手紙を書きました。この映画は誰がお母さんを演じるかで決まるなあ、と思ってね。それで吉永さんしかいないと思って。年齢的なことを心配されてましたけど、あの時代のお母さんはみんな大変でくたびれてたから大丈夫、と言いましたけどね。野上さんのお母さんのお写真をお借りしてたんですけど、すごく疲れた感じだったんでね。でも、30歳くらいだったそうですけど」。 ――ああ、じゃあ吉永さんでも全然大丈夫ですね(笑)。吉永さん小学生と中学生のお母さん役ですけど、違和感なかったですものね。強くて美しい偉大な母親でした。吉永さんへのお手紙に「この時代の庶民の暮らしぶりを描きたい、描かなければいけない」と書いてらしたそうですがそれは? 「もう僕たちの世代しか戦争の記憶がないもので、描いて残して行くことが仕事だと思うんですよ。60年以上も前に何十万人もの人が死んでいくという凄まじい戦争をしたにもかかわらず、世界ではいまだに戦争が起こっている。罪のない市民がとばっちりを受けて死んでいってしまう。その人たちの人生や生活について想像を馳せてみることがとても大事でね。そうすることで戦争はなくなるんじゃないかと思いますね。日本にもそういう時代があって、絶望的な時代でも懸命に生きた人々がいた、その人たちの愛に溢れた笑い声や、悲しい涙をスクリーンに映し撮りたい気持ちがありましたね」。
――この映画は苦しいながらも幸せな家族の姿を描いてると思うんですが、監督が思う、現代の家族のあり方ってどんなものでしょう? 「むずかしい質問ですね。・・・今の親子関係や家族はこうだ、というのはいろいろ言われているし、そのことに僕も共感してますが、この映画の時代は辛い、厳しい、重苦しい時代で、特にこの家族はお父さんが逮捕されていつ帰ってくるか分からないという大変な不安を抱えて生きている。その不安や苦しさがあるからこそ家族はいっそう愛を確かめ合ってヒシと抱き合って生きていけたわけなんですよね。つまり、緊張感があったということです。もちろん、そんな不幸はないに越したことはないんだけど、それじゃ緊張感なんてないほうがいいのか? っていうと、そうじゃないと思うんですよ。今の家族関係にある緊張感やプレッシャーはこれとはまた別のもので、その緊張感が今の家族を不幸にしてるってことがあるんじゃないかな、とこの映画を撮りながら考えたものです」。 ――今の家族の不幸というのは? 「僕の子供の頃は受験や将来何になるか? なんてまったく考えないで良かったんですよね。もちろん、戦争や軍隊という別の重い負担はあったけど、遊び呆けていられた時代だったんです。でも、今の時代の子供たちはそうはできないな、とそんなことをね、思います」。
――確かに。今の子供はある意味かわいそうですね。豊かになることの弊害ってたくさんありますね。 「何もかも便利になっちゃったし、モノもありすぎてうんざりしてるんだね、きっと。不便な中で、いろいろ工夫したり思案したりすることで生まれてくるものがあるんですけどね。昭和30年代を描いた映画が流行ってるけど、あれは日本人が豊かになって全てを手に入れたような気がしてるけど、なぜか虚しいっていう、喪失感を抱えているから懐かしく昔を振り返るんでしょうね。モノのない時代に憧れるというね、妙なことですね」。 ――人間はあまり豊かで平穏だと耐えられない生き物なんですよね。やっぱり適度な苦しみや不幸がないと・・・。 「母べえは、夫が逮捕されたという苦しみはあったけど、その苦しみによって人格が磨かれて美しく強くなっていく。母べえという人は悲しみや苦しみ、運命を受け入れた人だと思いますね。その中でいろんなことを考えたり、耐えることを学んだりした。そうすることで素敵になっていったんです」。
――なるほど。苦しみや悲しみは人を美しくする・・・ほんとにそうですね。ところで、松竹映画といえば、木下恵介監督や小津安二郎監督など、家族映画の伝統がありますが、今回参考にされた映画ってありましたか? 「小津さん、島津保次郎、清水宏、成瀬巳喜男と、松竹の監督の映画は家族ものがほんとに巧かったし多かったですね。たくさんそれらの監督作は観て風俗的なところなんか参考にしました。特に成瀬の『おかあさん』(52年)はこの映画の手本にしました。田中絹代さん演じる母親が、夫を病で亡くした一家を支えていく話です」。 ――あっその映画ビデオ持ってます! 観てないですけど・・・。さっそく観ます。家族映画ってたくさんありますが、他に戦時下の庶民の生活を描いた映画ってたとえばどんなものがあるんでしょうか? 「第二次大戦中、まあこの映画は戦争に入る前だけど、あの頃の日本人の庶民生活を描いた邦画って数が少ないんですよ。あの時代は映画だけじゃなくて芝居でも小説でも少なくてね。表現の自由がなかった時代だから。代表的な映画は『二十四の瞳』くらいかな。『母べえ』みたいに家庭を映画にしたものは珍しいんですよ。『母べえ』は海外配給しますが、外国の人に軍国主義時代の日本人の生活を知ってもらうことは大切ですね。ドイツ人なんか、ナチスの圧制があったから共感してもらえるだろうね」。
――そうなんですか。『二十四の瞳』くらい・・・。そう言われたらパッと出てきませんね・・・。(後で『絶唱』とか?と思い浮かびましたけど、1作・・・)。では、最後に、この映画は監督の思い入れがたっぷり入っている映画だとお話をお伺いして思いましたが、今出来上がった映画への想いを教えてください。 「この映画は心を込めて作った作品です。結局映画ってのはいろいろあるけど、どれだけ映画作りに魂を込めたか? それが勝負になる。それはスクリーンに不思議に映るもんなんですね。それが観客にちゃんと正確に伝わるものなんですよね。そういう意味でそれだけは間違いない。黒澤明監督は「映画は編集を終えると時として焼き物のように窯変することがある」とおっしゃってました。要するに監督が予想しなかったような不思議な色合いが作品の中に現われることがあるという意味です。この映画にもそれはあったと思います。それは最初にも言いましたが、お茶の間映画を作ったつもりが、その向こうに歴史や時代をも写し撮っていた、ということです。僕たちの想いが通じて大勢の人にこの映画が観てもらえたら、と祈ってます」。 ――魂が込められていたから、こちらの魂に共鳴してこんなにも感動させられて泣かされたんでしょうね、きっと。ありがとうございます!
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「『母べえ』(2007年 松竹) (C)2007「母べえ」製作委員会 監督・脚本/山田洋次 脚本/平松恵美子 原作/野上照代 出演/吉永小百合、浅野忠信、檀れい、志田未来、佐藤未来、坂東三津五郎、笑福亭鶴瓶、笹野高史、中村梅之助 ●ストーリー 昭和15年(1940年)の東京郊外。夫の滋と二人の娘と明るく幸せに暮らしていた野上佳代。しかしある夜、戦争反対を唱えていたというだけで、夫が治安維持法違反の罪で逮捕されてしまう。いつ帰ってくるかも分からない夫の帰りを待ちながら、佳代は周囲の人に助けられつつ、娘たちを育て家計を助けるために奔走する。そして、翌年日本は太平洋戦争へと突入し・・・。 ●全国松竹系劇場にて上映中 | |
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