Fe-MAIL(以下F)-「空飛ぶタイヤ」の台本を拝見したのですが、私は仲村さん演じる赤松に感情移入しすぎて、本気で腹立たしくなりました(笑)。仲村さんは台本を読んだ時、どんな風に感じましたか?
仲村トオル(以下N)-台本を読んだ時は、上手に五話分に構成されていて、原作を絶妙にダイジェストしてるなぁという印象を持ちました。原作も読んだのですが、その時は単純にすごくおもしろい小説だと思いました。読みながら自分が赤松という役を演じるイメージをしたのですが、「これを撮影している間は、息苦しい日が続くんだろうなぁ…」という予感がありましたね(笑)。
F-全編通してシリアスな作品ですが、現場の雰囲気はどんな感じでしたか?
N-これは個人的な好みなのですが、僕は辛い話や暗い話を、明るく楽しい現場で演じたいとは思わないんですよ。特に昔は、シリアスなドラマの撮影をしている間、休憩時間に冗談を言って笑っているスタッフの方がいるのも、やだなぁって感じでした(笑)。作品と正反対の雰囲気が漂うと、本番中に作り上げた物語の世界観を維持するのが難しく感じるのは確か。なので、今回も作品の空気を維持するためにも、辛く息苦しい撮影の日々が続くんだろうなぁと思っていました。
F-実際、息苦しい撮影の日々でしたか?
N-それが、予想外に暗くも辛くもなかったんです。とにかく、共演の方々がプロフェッショナルでしたからね。皆さん準備万端で現場に入られているので、このシーンについてとか、ドラマについてとか、そういう話をする必要すらなかったんです。雑談をしていても、そろそろ始まるなぁという空気を皆が察知して、カチンコが鳴れば、それぞれの役で挑める。珍しい位そういう方々が揃っていました。当初は少し意識して、対立する役である田辺君と余り喋らなかったりもしましたが(笑)、撮影が進むに連れ、この現場はそんなことを気にしなくて大丈夫なんだと思えたんですよ。これは、スタッフの皆さんの仕事にムダがなく、とてもスムーズに撮影が進んだおかげでもありますね。
F-作品に傾倒する余り、撮影後にその空気や役柄を引きずってしまうことはありませんか?
N-う~ん、それは余りないですね。僕は、ほとんど自分が運転する車で、現場に行くんですよ。運転している間に切り替えているのだと思います。もし何かを引きずって帰宅したとしても、にぎやかな子供たちに断ち切られます(笑)。家の中は別世界ですからね。逆に、家から現場に向かっている時は、一人で運転する間に役柄へ近付いていく気がします。
F-赤松という役は、大企業に立ち向かう小さな会社の社長という役柄で、理不尽さに憤りを感じるようなシーンも多かったと思いますが、どんな気持ちで演じていらっしゃいましたか?
N-そうですね。僕は台本を読んで、赤松は余計な一言が多いんじゃないかと思っていたんです。相手の神経を逆撫でして、わざと自分の立場を危うくするような、反発的な言葉が多いんじゃないかと。でも、実際撮影が始まってみると、本当に腹の立つシーンばかりで(笑)。余計な一言どころじゃなく、もう一言、言いたいぐらいでした(笑)。そういう意味では、怒りを作ったり悔しさを誇張することはなく、そのときの感情そのままでセリフが言えましたね。
F-特に印象に残っているシーンやセリフはありますか?
N-第四話のラストのセリフですね。やっと見つけた切り札を、自動車会社の幹部に突きつけるセリフなのですが、撮影中ずっと「このセリフを早く言いたい!」と思っていました(笑)。台本を読んで、それを言った時のことを想像するだけで、嬉しさと今までの悔しさが混ざって泣けてくる感じだったのですが、いざその場面を演じてみたら、腹立たしさの方がはるかに上回ってしまって、全然涙が出てこなかったです(笑)。
F-田辺誠一さん演じる沢田という男は、自分の会社のリコール隠しを暴こうとしますね。組織の中で反旗を翻すのは、それが正しいことであっても簡単なことではないと思いますが、仲村さんご自身が沢田の立場だったら、どうすると思いますか?
N-僕が沢田の立場だったら…。そういう立場になりたくないです(笑)。潔白を証明するしかない赤松に比べると、沢田には色々な選択肢があるんですよね。会社を良くするために不正を暴く、出世するために会社の不正を見過ごす、会社のために不正を暴かないという選択もあるし、とにかく彼には迷う材料がたくさんある。それでいて、赤松の前では会社の代表として出てきて、僕に激しい口調で罵られる訳です(笑)。僕はカットが掛かる度に、「田辺君かわいそうだなぁ。中間管理職って難しいんだなぁ、大変なんだなぁ」って思ってました。田辺君が、じゃなくて沢田が、なんですけどね(笑)。僕は沢田のような立場には絶対なりたくないですね。
F-これまで様々な役を演じていらっしゃいますが、仲村さんの思う、役者という職業の魅力とは?
N-僕が体感している感覚ですが、自分の名前じゃない人が、自分の言葉じゃなくて、与えられたセリフというものを言っている。「これ嘘ですから。僕じゃないですから、僕の言葉じゃないですから」って前提の中で、自分が思う本当のことも言えることがあるっていうところですかね(笑)。作り物ですよって言いながら、本当の自分の気持ちを伝えることもできるところ、というか。
F-セリフが仲村さんご自身の言葉や気持ちだったりするんですか?
N-僕は、自分の名前や言葉で語っている時よりも、セリフを言っている時の方が本気なのかもしれません。自分の名前や言葉で語る時は、言いたくても言えなかったり、あえて言わなかったりして、本当の自分の気持ちを伝え切れていない部分があるように思う。確かにセリフのほうが嘘をついていない気もしますね(笑)。