 |
|
 |
|
7月30日update
|
|
    |
  |
セラフィーヌの庭(08年 フランス・ベルギー・ドイツ)
 |
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
 |
|
|
 |


 |
 |
  | (c) TS Productions/France 3 Cinema/Climax Films/RTBF 2008 | |
|
|
|
 |
 |
 |
自然と神と寄り添って生きる、という美しさ。
最初、彼女は何をしているんだろう? と思った。太った中年女。家政婦の仕事をもくもくとこなし、貧しい身なりで仕事が終わると森へ行き花を摘み、風とたわむれる。何かを雑貨屋にツケで買いに行くが愛想もクソもなくて感じ悪い。奉公先で料理しながら煮込んでいるモツ肉の血をガラス瓶にこっそり入れたりする。冒頭ほとんどセリフがなくて、彼女の行動はまったく不可解なのだが、やがて、その摘んだ花や血をすり鉢で擦っているあたりから、ぼんやり分かりだす。そう、彼女は自分で絵の具を作り絵を描いているのだ。 彼女、セラフィーヌは「神さまに絵を描けと言われた」と夜な夜な賛美歌を歌いながら絵を描いている。そんなセラフィーヌが奉公する家に、ドイツ人画商のウーデが下宿するようになる。ある日、ひょんなことからセラフィーヌの絵を見たウーデはショックを受ける。その素朴だが、魂のこもった迫力のタッチに胸を掴まれたのだ。ウーデは彼女を褒めもっと描くようにすすめ、援助を申し出る。セラフィーヌもウーデに心を開き次々と作品を仕上げていくのだが、第一次世界大戦が始まり、ドイツ人であるウーデはフランスから逃げるように去っていってしまう…。 繊細な繊細な映画。私の今年の洋画のベスト1は韓国映画の「息もできない」だけど、しかたない、本作も同点で1位としよう!(笑)ってくらい素晴らしい映画だった。フランス映画の底力を見せ付けられた思いだ。 まず、心掴まれたのはセラフィーヌの描く絵だ。ビックリした。ちょおっと見たことのないド迫力の絵である。葉っぱだけが燃えるようにキャンバスいっぱいに描かれている。また、実だけ、とか樹だけとか花だけとか、なんか幼児か知的障害者の絵みたいに激情があふれ出て抑えきれないみたいな凄いパワーがある。「ええー!」である。この絵を見て、これって実話なのかな? と思ったら実話だった。ちょっとあんな絵は作り物じゃできない、唯一無二のものだ。こういう絵は素朴派というらしい。そういえば、アボリジニの画家の絵がこんな絵だったな。 そして、セラフィーヌ自身の言葉や行動にも心打たれた。彼女は森に行き、自然からパワーや癒しやひらめきをもらい、自然のものたちを絵にする。神様に描けと言われたから。まるで何者かに憑かれたように歌を歌いながら描く(演じるヨランド・モローも鬼気迫るなりきり演技というか、もはやセラフィーヌに憑かれたようなセラフィーヌそのものだった。凄いの一言)。 ウーデが部屋で泣いていると「悲しいことがあったら森にいけばいいですよ。植物や動物に触れると元気になりますから」。ウーデが森に行くとセラフィーヌは裸で川に浸かりうっとり光を浴びて歌を歌っている。 ちょっと頭が弱いのかな? と思ったらそうではなく、ウーデがセラフィーヌを最初無視していると「私が旦那様の下着を洗ったり汚物の処理をしてるから、私より自分が偉いとでも思ってらっしゃるんですか?」とピシャリ。 また、ウーデの描く字の美しさにうっとりして、「私にもその美しい字で手紙を書いてください」と頼む。なんて無垢で正しく素直な魂の持ち主か。 セラフィーヌは生まれたままみたいで人間として生きていくのは危うすぎるのでは……と心配になるが、その通りに、ラストは悲しい展開になってしまう。でも、こういう風に生きることは理想だと思った(ラストはさておいて)。芸術家は紙一重のところがあるし、だからこそ芸術家足りえるのだから。 セラフィーヌの生き方は、とても美しい、と思う。 最後に私事だが、監督のマルタン・プロヴォストは「シビルの部屋」(76年)に準主役として出演していたそうである。この映画は私の思春期に多大な影響を受けた大事な映画である。長く映画を見ているとこういう出会いもある。嬉しいことだ。
|
|
|
 |
 |
 |
錦戸亮の魅力と色気全開の痛快娯楽作!
錦戸亮くんて、「オルトロスの犬」をチラッと見たことあるだけで、その時は「くらあ~」と「すごい奥目」としか思わなかったんだけど、今回初めてちゃんと映像で見たらびっくり! 演技上手だは、その奥目も無表情も侍役には妙に合ってるは、この人すごくいいよ! と見直してしまいました。そういうことってよくあるのよね。役者って監督や役によって生きもし、死にもする。また、私も先入観にとらわれまくりだ。 さて、現代にやってきた江戸時代のお侍が、シングルマザーとその息子と同居することになるお話。今の日本人にはもう無くなった侍スピリットが炸裂。それは時にシングルマザーという現代女性の考えと対立したりするのだけど、多くは彼女同様、お侍さんに私たちは教えられることやハッとさせられるエピソードがたくさん。笑ってホロリとさせられて、うんうん頷かされる秀作の仕上がりだ。 錦戸くんの演技にはいくつも「おっ」となった。まず同居するシングルマザーの息子、友也がハンバーグ店で騒いでいる時に「いいかげんにせいっ!」と彼が怒鳴るのだが、その声が腹から出ててすごい迫力があったのだ(腹から声を出すということも今の俳優は出来ない)。そして(これは脚本に関して)、友也に礼儀を教えるのだが、友也に謝られても知らん顔で行こうとするおばさんに「そこのお内儀、こちらがちゃんと謝っているのに知らん顔で行くとはどういうことでござる」と言ったセリフには感心した。悪いことをしたのに謝るのを教えるのは普通。でも、謝られた方の態度に対してまで言及するところがいい。 続いて錦戸くんの演技。彼は結局シングルマザーの家から出て行くことになるのだが、その時に大事な刀を忘れて取りに戻るシーンで、ズンズン歩いて刀を取るとシングルマザーを見向きもせずまた大またでドカドカ歩いて部屋を出て行ってしまう。ここ、非情なほどに冷たかったね。お侍の厳しさが出ていた。ためらいも未練も一切なし。潔くて素敵だった。 続いて(笑)。この侍はお菓子作りに目覚めて手作りケーキコンテストに友也と共に出るんだけど、ここでのニ刀剣さばきはこの映画の大きな見どころのひとつ。私は胸が熱くなった。いやあ、美しかったです…。 それから、錦戸くんは料理やケーキを私生活でも作るそうで、生クリームを泡立てる手つきなんて堂に入っていて色気さえ漂っていた。またクライマックスの、ケーキナイフを刀として使ってのアクションはくぁっこよかった~。もう錦戸くんの魅力全開の映画なんである(奥目もいいっ!)。 あっもうひとり。友也役の鈴木福ちゃんがすごく良かったのだ。ちょっとぶさいく入ったそこらの子供らしい顔をした子役なんだけど、泣く演技とかうまい! ともさかりえは相変わらず上手。でも、この3人のアンサンブルがうまくいったからこちらは感動させられたんだろうな。 しかし、男の人のパティシエ服? と長いエプロン? てすごくカッコいいよね。確実に男ぶりが上がる。男前が着ると色気が立ち昇る。男の着物もかっこいいけど、ああいう着物に似た服って日本人には合うのかもしれない。 見終わって、ああ、楽しかったな、幸せな気分になったな、もっと彼らの生活を見ていたかったな、と思った近頃珍しい楽しい良い映画でした。
|
一宮千桃(いちみや・せんとう)
映画評論家。講師。MC。情報誌映画担当を経て独立。フリーで文筆や講師活動を行う。好きな映画は「ピアノ・レッスン」。小学校の頃から観つづけてきた映画によって愛も恋も男も女も人生もオシャレも知ったという箱入り乙女(?)。趣味は海外旅行、読書、クラシック音楽鑑賞、美術展巡り。宝石収集。占い。古本屋巡り。 |
 |

- http://www.fe-mail.co.jp/trend/entertainmentflash/20100730.cfm
|
 |
|
 |